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税理士試験残酷物語

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f:id:applecorr:20191021170257j:plain 努力しても報われないということが身にしみてわかった

資格予備校に人が殺到

2000年頃に、税理士試験の勉強を本格的にはじめました。

就職氷河期の中でも一番きつかった時代。

税理士試験ため通っていた、資格予備校にはたくさんの人が来ていました。

受験生も右肩上がり、そんなときに税理士試験をはじめました。

簿財は合格したけど

最初のころは専念をしていました。

2002年に簿記論、2003年に財務諸表論に合格。

このとき僕の中では、このままトントン拍子にいけるのではないかと思っていました。

しかし、税法に入ると、まったく受からなくなりました。

そこで、何年も専念するわけにはいかないと思い、会計事務所に就職して働きながらやっていこうと思い、いろいろなところに応募します。

ところが、「簿財持っているくらいじゃ」とか「実務経験ないから」というような理由で、予想以上に就職は苦戦しました。

簿財持っている程度だと、特に男性は「実務経験」を求められ、折りしの就職氷河期と相まって厳しい状況でした。

最初の会計事務所の印象が悪かった

やっとのことで、自宅から比較的近くにある会計事務所に入ることができたのですが。

ここの事務所が、最悪でした。

体系的に仕事を教えてもらえず、いつもその場限りの説明が多く、最初のころはいろいろ自分で調べたりしながら苦労したのを今でも覚えています。

それでも、パソコンのスキルに助けられて、会計ソフトの扱いはすぐになれたおかげで、「期待以上にできているね」と褒められたものです。

しかし、あいかわらず体系的に教えてもらわないところの影響は、決算期に大きく影響しました。

簿財知識でカバーできるものはいいのですが、そうではない部分は体系的に教えてもらっていなかったせいで、さっぱりわかりません。

非常に苦労したのを覚えています。

これと同時期、もう一つ、この事務所で嫌なことがありました。

それは、執拗に「風俗」に誘われたことでした。

顧問先に風俗関係のところがあって、ことあるごとに「おい、風俗いかねーかぁ?」と上司等から誘われたものです。

当時、付き合っていた子がいたので、ずっと断り続けていました。

すると、どんどん事務所内で居場所がなくなるような感じになっていきました。

結局、「風俗に誘うハラスメント」が嫌で、その事務所は辞めてしまいました。

ろくな事務所に出会わず

辞めた後、いくつか事務所を経験しました。

でも、やはり就職は厳しく、記帳業務ぐらいしか経験がないとなかなか採用されません。

採用されたとしても、所長の人間性がよくない事務所であったり、いじめがあるような事務所であったり、ろくなところがありませんでした。

最後に受けた、都内の会計事務所の面接が印象に残っています。

面接後の衝撃的な出来事

都内にある会計事務所に応募したときのこと。

本来なら書類選考だったのに、ハロワで電話をすると、すぐに面接をしたいとのこと。

そこで、面接に行ったのですが、面接自体は淡々と進んで終わったのですが、挨拶をして所長は中に入って、エレベーターホールで待っていた時のことです。

所長が事務所内に入ったときに、事務所内から笑い声が聞こえてきました。

「橋にも棒にもひっかからない」というようなゼスチャーでもしたのでしょう。

この笑い声を聞いたときに、「なんで、僕はこんな思いをしているのだろう」と思ってしまいました。

どこに行っても、「実務経験のなさ」、「合格科目の少なさ」ばかり言われ、精神的にも疲れていました。

そして、この仕打ち。

結局、この日を境に税理士試験も諦め、会計事務所に就職することはあきらめました。

育てるという意識が少なかった

ここまで、読んで「そんな程度」と思われる人もいるかもしれません。

ただ、僕が出会った会計事務所は、とにかく「育てる」という意識が低い事務所ばかりでした。

給料が低いわりに高度な知識が求められ、「安くて使える人材」ばかりを追い求めていました。

2000年代後半は、特に厳しく、税理士試験受験生が多かったのと、さらに「会計士の規制緩和による人余り」も同時に発生していました。

会計士が監査法人に入ることができず、大きな問題になっていた時期と重なっていたのです。

さらに追い打ちをかけるように「リーマンショック」があったり。

運が努力を打ち消す

もちろん、外的要因のみをあげて、僕の人生がうまくいかなかった原因だったとは思っていません。

ただ、運が努力を打ち消すということは、こうも簡単に起きるものなのだということを痛感しました。

「努力すれば報われる」、それは理想論であって、現実は「努力しても報われないことが多い」ということを身をもって体験してしまったと思っています。