ロスジェネ再起動計画

このたびロスジェネフリーターが将来のためになにか動くようです

バイタリティーがある前提で物事を考えるな

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f:id:applecorr:20191013162046j:plain 副業すればいいじゃない、投資をすればいいじゃない、仮想通貨やればいいじゃない。そんな問題じゃねえ。

忙しさをアピール

本業の仕事の収入が少ないから、副業をやってます。さらに、家に帰っても、仕事してます。投資もしています。

それができているのですから、それですばらしいことだと思います。

でも、そういったことをすれば給料の低い人は幸せになれるのでしょうか。

僕は、なれる人もいればなれない人もいると思います。

そもそも努力をしてきた

僕の場合、就職氷河期世代なので、この世代に限定して話すと、さんざん企業に安くコキ使われて、復活のチャンスを何度も潰された経験からすると、「これ以上何をがんばればいいの?」と思ってしまいます。

「何でもいいから仕事をしろ」とかさんざん言われて、その通りやって、精神的に疲労してしまうような経験をすると、「これ以上働いて、問題を解決」という気持ちにはどうしてもなれないのです。

また、年齢の問題もあります。

30代ならば軽く乗り越えられるような壁でも、40代、しかも後半になると、ものすごく高い壁に感じるようになってきます。

実際、それをここ数年嫌というほど実感しているし、もうがんばれないというのが正直なところ。

「介護でも警備でも何でもいいから仕事すればいい」という言葉の違和感

よく、「介護でも警備でも(人手が不足している分野)仕事をすればいい」という方がいますが、人手が不足している職業についている人を馬鹿にしているのかと僕は思っています。

僕も、実際、一時期自分の適性を考えず、介護の仕事に就いたことがありますが、自分はとても務まらないと感じました。

常に緊張を強いられて、配慮をし、技術も磨かなくてはいけない。

就職しやすいからと、簡単に就職してはいけないなと僕は思いました。

だからこそ、そういった仕事に就いている人に対して、尊敬するし、がんばっている姿を見るといつも敬意を感じています。

きちんと真面目に取り組んでいる人に対して、だいたい「何でもいいから」発言というのは失礼だと常々感じていました。

仕事は、仕事として存在する限り、すべての人において必要なものです。

自分と関係がないように思える仕事でも、どこかでつながっています。

であるならば、簡単に「何でもいいから」とは僕は言えません。

バイタリティがある前提で貧困や就職氷河期問題を考えるな

そもそも、僕は、「バイタリティーがある人間」を前提として、貧困や就職氷河期問題を考えてほしくないと思っています。

なぜか、こういった問題に対しては、「職業を選んでいる」「努力をしていない」という論調が必ずついて回ってしまい、物事の本質がぼやかされていって、結局うやむやになっていく傾向が強いと感じています。

そして、そのような問題の国等の対策も、バイタリティーがある前提で制度設計(公務員の就職氷河期枠の高倍率)がされており、普通に努力しても浮かばれないことが多いと思っています。

本来は、もっと下の水準に合わせて問題を考えるべきなのに、「自助努力」という言葉や「性悪説」や「モラルハザード」を持ち出して、救われない人の方が多い状態を作り出していると僕は考えています。

将来に不安にならず、安心して暮らせる社会というものを求めるのは、この国において贅沢なことなのでしょうか?

それを主張するとすぐにいろいろたたかれたりする現実を見ると、どうしても違和感を感じてしまいます。