ロスジェネ再起動計画

このたびロスジェネフリーターが将来のためになにか動くようです

キレイに装飾された言葉よりも魂の叫びが聞きたい

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f:id:applecorr:20190926221133j:plain ブログを書いていると、どこかで中庸で当たり障りのない言葉で書いてしまいがち。

ポジティブブログ論

ブログは、ポジティブなことしか書かない」というようなブログ論。

最近は、それに対する反論が増えてきたせいか、あまり声高に言う人は少なくなった気がします。

ただし、言う人が少なくなっただけで、「キラキラ系ポジティブブログ」は結構見かけます。

とはいっても、それは仕方がないことだと思うのです。

アフィ系のブログは、少なくともそうしておいたほうが安全。

人に何かの情報を提供して、何らかの収益をあげるのならば、なるべく「ネガティブ」なことは書かない方がいいと思うのです。

ブログは本来何かいてもいい

昔から、僕はブログって何でも書いてもいいと思って書いています。

たとえ、恥ずかしい過去の話でも、セクシャルな話でも、本来は何でも書いていいと思うのです。

もちろん、めちゃくちゃネガティブな話を書いても、それで何かすっきりしたり、考えがまとまるという副次的な効果があると僕は思っているので、どんどん書いてもいいと思っています。

別に、自分の書いているブログは、どこかの会社の広報ブログでも、何でもないのですからね。

おせっかい忠告野郎

ブログの内容について、「あなたのブログはネガティブだ」とか「あなたの考えは甘い」ということを堂々とブコメやTwitterで書かれたこと、結構あります。

でも、ネガティブで、人生甘く考えているような人はブログを書いてはいけないのでしょうか?

僕は、そうは思いません。

キレイな記事が並ぶようなブログも、ネガティブで救いようのないことが書かれたブログも、ともに存在価値があると思うのです。

提案という形で意見されるならまだしも、たいていこういう方に自分の意見を言うと「あっそ、まあせいぜいがんばってくださいな」というような態度をとられることが多いです。

人の数だけブログの形があると思う

結局、こういった忠告をする人は、「僕のブログと一般的なブログ論」や「僕の人生と一般論」みたいなレベルでしか言っていないと思うのです。

意見をした人のブログを見にいっても、「どんな人かわからない」とか「何を考えているかわからない」ブログだったりすることが多いです。

キレイな文字や言葉を並べていますが、当たり障りのない記事ばかりが並んでいる感じなんです。

でも、僕は、そんなキラキラ系ポジティブブログなんかよりも、日々いろいろなことを考え、それをアウトプットして、いろいろ試行錯誤しているような「魂」を感じることができるブログの方が面白いと感じることが多いですね。