ロスジェネ再起動計画

このたびロスジェネフリーターが将来のためになにか動くようです

さようなら田町

スポンサーリンク

f:id:applecorr:20190921151514j:plain
さようなら
1996年秋、僕は田町ではじまり、2019年秋、僕は田町をあとにした

1996-2019

もちろん、その間ずっと田町に行っていたわけではない。

1996年の「僕」と2019年の「僕」があまりにも対照的に変わってしまったからだ。

そんな一人の「僕」のお話。

1996年秋「田町」

f:id:applecorr:20190921151531j:plain
田町駅三田口
大学4年の秋。

もう、あたりが薄暗くなるなか、を田町の駅近くの駐車場に入れた。

これから、ある人と会う。

1週間くらい前に、僕から告白をした人だ。

三田口で待ち合わせをしていた。

彼女は、田町から10分くらい歩いたところにある会社に勤めている。

僕より1つ上の先輩だ。

同じ大学の先輩と後輩。

大学を卒業しても、彼女はサークルの旅行とかに参加していた。

三田口は、帰宅を急ぐサラリーマンが大勢いた。

そんな中、彼女がトコトコと僕のほうに向かって歩いてきた。

そう、今日は、告白の返事をもらう日だった。

そして、僕は彼女と一緒に車を停めている駐車場に向かい、そのあとレインボーブリッジを経由して、お台場に向かうのだった。

2019年秋「田町」

f:id:applecorr:20190921151550j:plain
田町駅芝浦口
あれから23年たった秋、僕は何度となく繰り返してきた進路変更をまたしなくてはならない焦燥感を感じていた。

三田口は、昔と変わらない雰囲気だったが、駅前の雑多な感じがなく、大きなビルがいくつもたっていた。

仕事場があるのは、芝浦口。

あの頃の僕と、今の僕は何も変わっていない。

いやになるほど変わっていない。

まるで、時が止まってしまったかのように。

田町の街は、大きいビルやタワーマンションが目立つ街になり、20年という年月を感じた。

でも、そこから見える風景は、銀色に冷たく輝くビルや、バベルの塔のような威圧感を感じるタワーマンションが立ち並んでいるだけに見える。

確かに、人が歩く通りはきれいになった。

でも、芝浦運河を見渡すと、人々の汚れた、よどんだものを集めたような匂いとともに白く濁っている

春くらいまでは、仕事が順調に進み、小さな問題はあったものの、昨今の冷たい仕打ちをされた会社と比べるとはるかによかった。

しかし、春以降、数字でしかものを見なくなり、そこに人間が存在していることを忘れたかのような仕打ちを何度も受けた。

確かに、できあがったものは、一応きれいに見える。

でも、それまで積み上げてきた経験や知識を否定し、いつしか、つるし上げ、いじめ、無視、そんなものが会社の中ではびこるようになってきた。(上司からのもの)

それは、過去何度も経験をした、よどんだ薄汚れたもの、それが春以降の現実だった。

さようなら田町

そして、僕はもう今までのキャリアというものが、すでに陳腐化し、救ってくれるところもなく、冷たくあしらわれる現実を見て、限界を感じた。

自分のこれまでの努力の結晶は、不要なものとされ、負けたものという烙印を押され、なかったかのように扱われる。

1996年、この街ではじまった出来事を超えるような出来事は、その後ほとんど経験せず、2019年に至るまでずっと下がりっぱなしだ。

あの頃、暖かく光り輝いていた田町の町並みは、今はもう冷たく映るものでしかない。

あれから、23年、僕は田町の街をあとにした。